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黒船来航の歴史が薫るシーン

伊豆の先端、下田の位置をよく思い出してください。とても江戸や大阪といった主要都市との通商、幕府との交渉に便利な位置ではない。それなのになぜ下田を開港場としたのでしょう?また、ペリーはなぜそれを承諾したのでしょうか?

下田は、東京や横浜のように湾の中に港があるのはなく、外洋に面しています。実はそれが、ポイントなのです。

もともとペリー来航の目的は、日本との交易もさることながら、太平洋を隔てて中国との航路を確保することや主に捕鯨に使われた米国船への食料・薪炭補給、乗員の休息、漂流民の救助保護拠点の確保が重要だったのです。そういう意味では、外洋に面している下田の地勢が、ペリーの目的に適していたのです。

こうして一躍歴史の表舞台にたった伊豆半島。そんな外交上の理由で活気に満ちた当時の伊豆ですが、ペリーをはじめとする乗組員ら1265人や吉田松陰をはじめとする幕末の志士たちは、その風光明媚な伊豆に心を奪われ、たいへん愛したようです。

江戸時代の青い眼と、勤皇の志士たちの純粋な眼が愛した伊豆の景観の数々を見ていきましょう。

伊豆特集・温故知新

  • 山登りのご褒美富士山大展望
  • 天然の良港から見る富士山
  • 日本一早い真冬のお花見
  • 自然の恵みが作る原風景
  • 火山の贈り物伊豆半島ジオパーク
  • 黒船来航の歴史が薫るシーン
  • 大きな浪漫を秘めた情景

特集内の市町を私達が紹介!

  • 伊豆の国市
  • 下田市